世の中誰が動かしているか相変わらず分からない
なんかもやもやして寝起きが悪い毎日。本当は「新しい日」を歓迎する気持ちで大きく息を吸い込みたいけど、三連休の朝もなんとなくぼんやりしながら夜が明けていくのを待っている。スライの「暴動」以降は、のめるような陰鬱なファンクではなく、もしかしてスタジオの片隅にあったリズムマシーンを見つけて、子供の様に遊んでいたのではないか。
そんなことを考えながら色々聴き漁っているうちに、奇妙なジャケットを見つけて、YouTubeで試聴したのが坂本慎太郎との出会い。
キノコ雲と骸骨
サウンドは緩めのスティールギターに時折ファンク。トロピカルでも人工的な冷ややかさ。思いがけず喜んでいると、まるで予言のような言葉が頼りない声に乗って届いてくる。なんの知識もなく昨年リリースの「ナマで踊ろうを」を聴いてみる。
ナマのコンガで踊ろう
ナマのステップを刻もう
ナマ身とナマ身で揺れよう 永遠に
ナマのビートで踊ろう
ナマの手拍子で歌おう
ナマ身とナマ身で遊ぼう 真剣に
インタビューでは
「ロック・コンサートで、ステージ上にバンドがいて、お客さんがみんな同じ方向を向いて、同じ動きをするという一体感じゃなくて、バンドは演奏しているんだけど、その場にいる人たちはみんなばらばらで、踊ってる人もいれば、しゃべってる人もいるし、ご飯食べてる人もいるけど、音楽は鳴ってる、みたいな感じの音楽にしたい」と。
そして、言葉は
「ものすごく邪悪なものって、かわいかったり、フレンドリーな姿をしてやってくるという気がしてるんですけど、そういう本質的なところも表現したかったというのはあります。あと、SF的な設定とか手法にすると、ものすごく現実的な歌詞をストレートに言っても、意外と生々しくならない。
ちょっとメロウに響かせることができるなと作りながら思って。ちょっと間違えると、社会的な骨太ロックみたいになりそうな題材を、このスチールギターとかのサウンドと、人類が滅亡した後の話という設定にすることで、自分でも書けるということを発見したというか。子どもの頃には漫画とかでも、そういうのはいっぱいあったじゃないですか」と。
画一的な音楽に背を向けている時に、こういう音楽と出会うって何故か暗示的でもあり落ち着かないものです。でも、すっかり大好きになってしまい、歌入りバージョンとインストバージョンを夜明け前の空を仰ぎながら交互に聴く羽目に。本人のチャンネルには野口五郎の名曲のカバーも。ちょっと、目の付け所が違うアレンジも素敵です。
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